

デザインの力で日本のものづくりを世界へ。京源の「紋曼荼羅®」から広がる未来
2025.03.04
LIFE複雑に重なり合った幾千もの線が重なり合い、ひとつの絵となって、まるで宇宙を思わせる世界を描き出す「紋曼荼羅®(もんまんだら)」。日本の伝統的な技法と現代のデジタルツールが出会ったことで生まれたこのアート作品を手がけるのは、着物に家紋を描き入れる紋章上繪師(うわえし)である、京源の波戸場承龍(はとばしょうりゅう)さんと耀鳳(ようほう)さんの父子。以前は伝統的な道具だけを用いていましたが、15年前、デザインした家紋をAdobe Illustratorのデータで納品してほしい、と依頼されたことが大きな転機となりました。
独学でIllustratorを使い始めた耀鳳さんはすぐに、「これは家紋の表現に使える」と思ったそうです。承龍さんも挑戦してみたものの曲線を描くのに苦戦し、正円の一部を曲線として使ってみることに。すると、曲線に使った円の軌跡が、意図せず美しい図柄となって画面に現れたのです。手描きであれば描かなかった部分が、正円を使ったことでたまたま描かれ、しかもデジタルだから消す必要がなくそのまま残っていた……という偶然の産物でした。

実はもともと日本の家紋は、すべて円と線だけで描かれています。その技法を応用した「紋曼荼羅®」もまた、円と線だけで表現されたアート作品。しかしデジタルの力を得たことで、より複雑かつ幅広い表現が可能になりました。
一見すると下絵があるように見える部分も、実際にはひとつひとつの円(の一部分)によって形作られ、さらに、それらが無数に重なり合うことで生じる濃淡が奥行きと立体感を生み出し、見る人を画面の奥へと引き込みます。耀鳳さんが「まるでトリックアート」と表するその魅力について、承龍さんは「円で生まれてくるものは、ヒトのDNAの琴線に触れる魅力があるのでは」と説明します。
承龍さんは長年、着物に家紋を描くだけでは先々厳しいだろうと考える一方で、家紋のデザイン性に可能性を感じ、もっと良いものができるはずだという思いを抱いていました。そんな承龍さんにとって、デジタルとの出会いによって生まれた「紋曼荼羅®」は、職人からアーティストへの道を開く扉となったのです。耀鳳さんもまた、デジタルで捉えることでデザインというものの面白さや奥深さに気づき、「これで家紋を次世代に残せると思った」。

デジタルツールを用いることで家紋の可能性を広げるとともに、本格的にデザインの世界へと踏み出した波戸場さんたちは、さまざまな企業などとのコラボレーションにも挑戦。承龍さんが昔から愛用するヨウジヤマモトへのデザイン提供や、耀鳳さんが幼い頃から憧れていたイタリアの高級自動車メーカー・フェラーリのためのオリジナル紋の制作、また、フランスのシャンパン「デュヴァル=ルロワ」のエチケットも手がけました。
そして今、ふたりは日本の伝統的なものづくりにデザインの力で貢献したいと考えています。後継者不足など課題は多いものの、才能ある元気な職人はたくさんいて、世界に誇れる価値がある。かつて見向きもされなかった家紋が日本らしいデザインとして世界で評価され始めたように、クリエイティブをプラスアルファすることで既存のものづくりにブレイクスルーを起こし、魅力ある産業として世界に発信したい──。
これまでのチャンスはすべて「縁」がもたらしてくれた、と語る承龍さんと耀鳳さん。人とのつながりを大切しながら広がっていくふたりの活躍は、円と線の無限の重なりによって描き出される「紋曼荼羅®」の作品のように、さらに濃く、さらに深いものになっていくでしょう。
