江戸の技術で「現代」を摺り上げる江戸の技術で「現代」を摺り上げる

江戸の技術で「現代」を摺り上げる

江戸の技術で「現代」を摺り上げる

東京都文京区水道に拠点を構える高橋工房。

江戸後期の安政年間(1854〜1860年)に創業し、160年以上もの間、江戸木版画の伝統を守ってきた。創業当時は「摺師」として、その後は「版元」の役割も担い、企画から制作、販売まで一貫して行なっている。

昨年の舘鼻則孝氏とのコラボレーション作品の1つ、「雷」をモチーフにした木版画では、「空摺(顔料を使用しないエンボスの技法)」「正面摺(正面版を用いて和紙に光沢を出す技法)」「雲母摺(雲母の粉末を使用し、きらびやかな印象を与える技法)」を取り入れ、江戸時代から継承される伝統技法を現代に蘇らせた。

また、同じく江戸時代から続く伊勢半本店の紅を用いた「疱瘡絵」は、コロナ禍という時代性を反映した作品となった。

江戸の技術で「現代」を摺り上げる

舘鼻氏との邂逅により、もともと江戸木版画に備わっていた、流行の最先端を表現する「情報誌」としての役割に加え、現代日本の芸術という要素をまとうことになった作品は、イギリスのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館への収蔵が決定。

江戸東京の伝統に根差した技術である「江戸木版画」と「紅」とのコラボレーション、さらには国内外に日本の伝統文化を「リシンク」した形で提示できたことに手応えを感じた舘鼻氏が今回挑戦したのは、《Duality Painting》という自身の絵画作品を木版画に置き換え、表現することだった。

江戸の技術で「現代」を摺り上げる

それは、「生と死」「天と地」といった異なる要素を、1つの絵画作品の中で表現するものであり、立体的な作品を手掛けることが多い舘鼻氏は「平面、1枚の紙の上で二面性、あるいは親和性を表現する《Duality Painting》は、複数の版木を使いながら1つの作品を完成させる江戸木版画と相性がよいと感じた」と語る。

しかし、2つの要素を1つの江戸木版画として摺り上げるのは容易ではない。今回使用した4枚の版木のうち3枚は両面に図案が彫られているが、版数より多くの色を摺り重ねることで鮮やかな色彩、色味を出す作業は想像以上に忍耐と技術力を要する。

高橋工房の6代目・高橋由貴子氏と舘鼻氏は、納得のいく色の濃度、グラデーションの調子となるまで何度も打ち合わせを重ねたという。

江戸の技術で「現代」を摺り上げる

「繊細な作品ですので、色の出し方、紙の選定などには最新の注意を払いました。たとえば、上の黒色と下の黒色は別の版にしたり、青色についても柔らかさ、きれいなグラデーションを出すために複数回摺っています。その際、絵柄がずれないように、紙を『見当』(版木上に彫られた溝)から外さずに色を重ねていきました。

また、回数が増えるということは、紙にダメージを与える可能性が増すことになります。では、厚い紙を使えばよいかといえば、そうではありません。最終的に蛇腹に折って完成させることになるため、紙を選ぶ際は、折りやすさ、作品としての仕上がりを重視しました」(高橋氏)

そうして刷り上がったものは、舘鼻氏の工房に運ばれ、あたかも折り紙が折られるかのように、作家自身の手で蛇腹状に折られることで完成に至る。

展示された場所は、江戸中期の享保年間(1716〜1736年)に、儒学者の林信篤が命名したと言われる「涵徳亭」。通常の額装ではなく、左、右、そして上からも眺められるよう、アクリル製のボックスフレームの中に納められた。

江戸の技術で「現代」を摺り上げる

今回のコラボレーション作品について、「本来、江戸木版画は二次元、平面のものですが、立体的な楽しみ方を考案されたことに感動いたしました」と振り返る高橋氏。

今後は、副理事長を務める浮世絵木版画彫摺技術保存協会(文化庁より認定された選定保存技術保存団体)の45周年イベント、さらには高橋工房としての新たな挑戦など、いくつものプロジェクトが進行する予定だという。

江戸時代から引き継がれてきた江戸木版画の技術は、令和の時代にも磨かれ、進化していくのだろう。

江戸の技術で「現代」を摺り上げる

Photo by GION

Special Movie

現代美術家 舘鼻則孝 × 江戸木版画 高橋工房


江戸の技術で「現代」を摺り上げる

NEXT: 江戸切子 華硝 / Edo Kiriko Hanashyo

https://edotokyokirari.jp/column/life/edotokyorethink2023-hanashyo/