日本の風土に根差した技術に「新しい風」を吹き込む日本の風土に根差した技術に「新しい風」を吹き込む

日本の風土に根差した技術に「新しい風」を吹き込む

日本の風土に根差した技術に「新しい風」を吹き込む

鉋で仕上げた細かな木片を組み合わせることで完成する「組子細工」。

建具屋の技術の進化、さらには道具をつくる鍛冶屋の技術の向上も相まって、細かな細工が可能になった江戸時代に開花した組子細工だが、そのルーツは平安時代の「建具」にあるといわれている。

飛鳥時代に建立された法隆寺金堂には、樹齢1000年を超える檜を使った幅1メートル、高さ2メートルもある一枚板の扉が設置された。しかし、そのような大木ばかりを使用するのは現実的ではない。そのため、細かい部材を組み合わせて建具をつくる技術が進化していくことになったようだ。

また、複数の部材を組み合わせることで、「反り」や「くるい」を少なくする効果もあり、日本の風土に根差した技術ともいえる。200種類以上ある模様の中には、植物の柄や雪の結晶など、四季折々の自然から着想を得たものも多く、日本独自の技術として今日まで伝わっている。

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新潟県生まれの初代の田中松夫氏は、15歳から建具職人として修業を開始。1982年に独立を果たすことになる。一級建築士の資格を有する2代目の田中孝弘氏は、二十数年前に都市計画コンサルタント会社を辞し、初代のもとで修業を開始した。

深い意味があったわけではなく、家業だから継いだと語る2代目だが、「何十年もかけて街をつくる都市計画の仕事よりも、お客様のご要望をお聞きしながら、自分の持っている技術、知識をすべて使って完成させる組子細工のほうが性に合っていました。完成品をお渡しするときのお客様の笑顔はなにものにも代え難く、本当にうれしい瞬間です」と話す。

また、現在、組子細工に対する需要はかつてないほど増加しているそうだが、「いまはよくても、この先行き詰まることが必ずあると思っています。伝統を守るというきれいごとだけではなく、新しいものをつくりたい、技を磨きたいという『欲』も大切にしたい。今回、江戸東京きらりプロジェクトに参加したのも、自分にはない発想に触れたいと思ったからです」と未来を見据えている。

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コラボレーション作品に採用されている文様は、どちらも「魔除け」の意味をもつとされてきた「変わり麻の葉」と「桔梗亀甲」。組子細工のレイヤーを、舘鼻氏が描いた「雲雷」のモチーフのレイヤーが挟み込むような形で構成されている。

高橋工房とのコラボレーションでは、「生と死」「天と地」といった異なる要素を、1つの絵画作品の中で表現《Duality Painting》を木版画に置き換えることに挑戦している舘鼻氏。本作においても、複数のレイヤーによって視点を操作することで、「こちら側とあちら側」といった一対の要素を1つの作品の中で表現している。

「今回の中ではもっとも手仕事にフォーカスした作品の1つと言ってもいいかもしれない。どんなふうに完成するのか未知数な部分もあったが、同じく『魔除け』の意味をもつ『雷』のモチーフとの相性もよく、緻密な手仕事と筆致の残る大胆な着色との対比が際立つ作品となった」(舘鼻氏)

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作品が展示されたのは、涵徳亭近くの「西行堂跡」。

藩祖頼房の時代に建立されたと考えられており、西行法師の木像が安置されていた。しかし、1923(大正12)年の関東大震災により、柱や屋根が倒壊し、木像も焼失。一度は再建されるが、先の大戦の最中に再び焼失したため、現在は建物を支えていた基壇、西行の歌碑、文字通り風雪に耐えてきたことが窺える一対の獅子像のみが残されている。

西行堂跡の周囲には樹木が生い茂っており、木漏れ日の輝きも美しく、枝葉がガラス面に映り込むことで作品の表情に変化を与えていた。普段、日差しや雨風の影響を受けることのない場所で展示されることの多いアート作品が、自然の中に設置させることで新たな魅力を見せることになったのは、本展覧会の成果の1つと言ってもよいだろう。

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Photo by GION

Special Movie

現代美術家 舘鼻則孝 × 江戸組子 建松


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