江戸東京野菜が教えてくれる伝統の味と、食の多様性江戸東京野菜が教えてくれる伝統の味と、食の多様性

江戸東京野菜が教えてくれる伝統の味と、食の多様性

創業は寛政元年(1789年)。江戸、そして東京で230年以上にわたり、そば一筋の伝統を紡いできた「総本家 更科堀井」。その麻布十番本店では、年4回、更科そばと江戸東京野菜を味わう四季の会が催されている。江戸ソバリエ協会と江戸東京野菜コンシェルジュ協会の呼びかけで2015年10月に始まり、今年8月の「夏の会」で27回を数えた。

江戸東京野菜とは、「江戸期から始まる東京の野菜文化を継承するとともに、種苗の大半が自給または、近隣の種苗商により確保されていた昭和中期までのいわゆる在来種や固定種、または在来の栽培法等に由来する野菜」と定義されている。かつて江戸と呼ばれた地域のみならず、現在の東京都内までを含めた域内で伝統的に栽培されてきた野菜を守り、未来に残すべく、JA東京中央会が2011年に呼称を定め、以降、品種ごとに順次登録を進めている。

現在、江戸東京野菜として登録されている野菜は、実に52品目。「練馬ダイコン」に「谷中ショウガ」、「城南小松菜」に「奥多摩ワサビ」、「千住一本ネギ」、「八丈オクラ」……などなど、長く地域に根付いてきたことを感じさせる名が並ぶ。なかには「品川カブ」や「内藤トウガラシ」(新宿・内藤町)のように、現在の街の様子からはとても野菜が作られていたとは想像できない土地もあるが、それこそが、江戸・東京の歴史を今に伝えているとも言える。

江戸東京野菜が教えてくれる伝統の味と、食の多様性
総本家 更科堀井9代目の堀井良教さん。店でも、そばに欠かせないネギは「千住一本ネギ」を使用。ほかにも、寺島ナスなど季節の江戸東京野菜を使った料理を提供している。


日本料理の普及と継承を目的とする日本料理アカデミー東京運営委員会のメンバーであり、委員長を務めたこともある更科堀井の堀井良教さんは、江戸東京野菜の魅力について多様性という点を強調する。昨今スーパーに並ぶ野菜の多くは品種改良によって均一化されているが、そもそも野菜というのは、育てられる土地によって味やサイズ・形に違いが出るのが当然。それが野菜の個性となり、私たちの食卓を豊かに彩ってきた。

江戸東京野菜のような伝統野菜は改良された品種と比べて耐病性が低く、また、収穫量が少なかったり、サイズや形が不揃いで流通しにくかったりするが、そうした理由でなくしてしまってもいいのか。それらの野菜には旬があり、本来野菜がもつ独特の香りや苦味・渋味なども残っており、うまく料理に生かすことで、日本食の価値を上げたい──堀井さんはそう語る。

更科堀井で開かれている「四季の会」では、料理研究家の林幸子氏が季節ごとの江戸東京野菜を使ったメニューを考案しているが、これまで供された180品以上の料理に、同じものは一皿たりともないという。おいしい料理として味わってもらうことでその魅力を伝え、生産量の決して多くない伝統野菜の継承にも一役買っているという。最近では、東京以外の全国の料理人たちの間でも、江戸東京野菜が使われるようになっているそうだ。

江戸東京野菜が教えてくれる伝統の味と、食の多様性
「四季の会」で提供された料理の一例。左:更科にレモンの皮を練り込んだ変わりそばを、檜原村に伝わる伝統のジャガイモ「おいねのつる芋」で作ったビシソワーズでいただく一皿。右:「つる菜」とサーモンのサラダ。


それにしても、なぜこれほどの伝統野菜が東京にあるのか。その理由について、35年以上にわたり江戸・東京の伝統野菜を復活・継承する活動を続けてきた大竹道茂さん(NPO法人江戸東京・伝統野菜研究会代表、江戸東京野菜コンシェルジュ協会代表理事・会長)は、「参勤交代のおかげで、全国各地から多種多様な野菜が江戸に入ってきたのです」と説明する。大竹さんはかつてJA東京中央会に在籍し、江戸東京野菜をめぐる取り組みの旗振り役となった人物だ。

もともと江戸にあった在来種だけでなく、各地から持ち込まれた野菜が江戸(東京)の風土に合うよう変化して固定種となり、時代を超えて、その土地土地で守られてきた。その中には、希少な品種だとは知らずにたまたま栽培を続けていた農家があったおかげで生き残った「本田ウリ」や、民家の敷地内に自生しているところを大竹さんたちが発見した「早稲田ミョウガ」など、“忘れられていた伝統野菜”も数多いという。

こうした地道な活動に加えて、決して育てやすいとは言えないそれらの品種を栽培して人々に届けようと取り組む農家があるからこそ、多くの野菜が復活を遂げたと大竹さんは語る。「四季の会」を通じて江戸東京野菜を広める役目を担う堀井さんは、「ひとつひとつの野菜に物語がある。これからも、しっかりとそれを伝えていきたい」と、同じく江戸の時代から続く老舗として伝統を守る使命感をにじませた。

江戸東京野菜が教えてくれる伝統の味と、食の多様性
左:まだ見ぬ江戸東京野菜の発見に向けて今も精力的に活動を続ける話す大竹道茂さん。右:収穫された江戸東京野菜。右上から「馬込三寸ニンジン」、「亀戸ダイコン」、「伝統小松菜」、「シントリ菜」、左下が「内藤カボチャ」


実りの秋、食欲の秋。ぜひとも江戸東京野菜を味わってみたい、という方に向けて、堀井さんがおすすめするのは「品川カブ」。一般的なカブと違って小ぶりのダイコンのような形状で、梨のようにシャキシャキとした食感が楽しめるので、サラダに向いているという。大竹さんのおすすめは「内藤カボチャ」。熟すと外皮まで橙色になるため見た目も可愛らしく、煮くずれしにくいためプリンにしてもおいしいそうだ。

長い時間をかけて、多くの人の手によって守られてきた伝統野菜の魅力。それを堪能するとともに、個性あふれる江戸東京野菜が問いかける食の多様性についても思いをめぐらせてみたい。