草履の老舗・四谷三栄が世界に伝えたい“誂え”の楽しさ草履の老舗・四谷三栄が世界に伝えたい“誂え”の楽しさ

草履の老舗・四谷三栄が世界に伝えたい“誂え”の楽しさ

自分好みの品を注文して作ってもらう「誂え(あつらえ)」という言葉。言い換えれば、「オーダーメイド」のことなのですが、主に和装で使われてきただけあって、「お誂え」という言葉からは優美な響きが感じられます。色や素材など好みのものを選ぶワクワクした楽しさと、職人が丹念に仕上げた上質なものを身にまとう高揚感。そんな誂えの魅力を存分に味わわせてくれるのが、1935年創業の創作草履(ぞうり)の老舗、四谷三栄です。

草履を誂えるには、まず台の高さや形を決め、それから革の色や鼻緒の素材を選びます。四谷三栄には色見本が50〜70種類ほどと豊富にそろっているのも魅力のひとつ。形や素材が決まったら、台に革を巻いたり、真綿を入れたりする作業が、それぞれの職人の手によって行われます。ちなみに、足を乗せる天と呼ばれる部分はフラットではなく、真綿を入れてふっくらと肉厚にすることで、履き心地が抜群に良くなるそう。草履が出来上がるまでは1か月ほど。最後に鼻緒をすげて、この世にたったひとつの草履の完成です。

草履の老舗・四谷三栄が世界に伝えたい“誂え”の楽しさ
写真左から:足に触れる部分の素材は牛革。型をもとにカットしたら、台に巻く職人のもとへ。鼻緒をひとつ作るにも複数の専門職人の手を渡り、多くの職人たちのリレーによって草履が出来上がる。


「私たちが何よりも大切にしているのは、履き心地の良さ」。そう語るのは、四谷三栄3代目の伊藤実さん。だからこそ、インターネットでの販売は一切せず、必ず店頭でお客様と会話をしながら、好みの履き心地を調整しています。たとえば、右足と左足の大きさは必ずしも同じではありませんが、それぞれ微調整できるのが草履の良さだと伊藤さんは言います。また、四谷三栄ではアフターケアにも力を入れており、鼻緒をすげ変えれば、いつでも自分の足にフィットする草履を手にすることができます。これぞまさに「お誂え」の醍醐味といえるでしょう。

今年で創業90年を迎える四谷三栄ですが、新しい商品の開発にも意欲的にチャレンジしています。なかでも、2018年に発表した斬新なデザインの「ZORI貞奴」は話題を大きな呼びました。目を引くほどのハイヒールに、洋装にも合うモダンなカラーリング。それまでの草履のイメージを覆したこの「ZORI貞奴」は海外の展示会でも評判となり、草履という日本古来の履き物の魅力を世界に知らしめる大きなきっかけとなりました。

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写真左から:四谷三栄3代目の伊藤実さん。新しい素材の開発にも積極的で、気になった素材があれば日本全国に足を運ぶ。「ZORI貞奴」は店頭でもとりわけ目を引く。


特に、履き心地の良さを褒められたことが嬉しかった、と伊藤さんは言います。四谷三栄が大切にしてきた履き心地が、海外でもお墨付きを得たというわけです。今や「Zori」という言葉は海を越えて世界に広まりつつあり、わざわざ店舗を訪れる外国人客も少なくないと言います。先日来店したフランス人男性は、雪駄(せった)を購入していったとか。鼻緒を選んですげてあげたところ「ジャスト・マイ・サイズ!」と、とても喜ばれたそうです。

ただ、伊藤さんによれば、草履のサイズについて外国人に説明するのはとても難しいとのこと。というのも、草履は本来かかとを少しはみ出させて履くものですが、外国人にはその発想がありません。そのため、「小さすぎる」「足に合っていない」と思われてしまうことから、「ZORI貞奴」など外国人を意識した商品では大きめサイズも用意するなどの工夫をしていると言います。

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四谷三丁目駅からほど近い店舗に、口コミで知ったという訪日外国人客が訪れる。いろいろなデザインを考えるのが好きだという伊藤さんならではのアイデア商品も。


時代が変わり、客のニーズが変わっても、草履ならではの誂え文化を守りながら、進化を続ける四谷三栄。現在は、フランス人デザイナーとのコラボ作品を手がけるほか、室内履きなど新しいスタイルの草履にもチャレンジしているとのこと。いつの日か、「Atsurae」という言葉も世界で浸透するようになるかもしれません。

改めて、伊藤さんにとっての誂えの醍醐味は? 「お客様の要望を引き出して、お客様と一緒に作っていくことが楽しいですね。出来上がった草履を手にしたお客様が、『わー!』と喜ぶ姿を見ることが、何よりの喜びです」。職人も客も笑顔になる、そんな誂えの魅力をあなたも体験してみませんか。