「パリ小紋」から始まる廣瀬染工場の新たな挑戦
2024.09.25
FASHION廣瀬染工場の創業は1918年。室町時代から続く江戸伝統の「江戸小紋」を専門とする染め職人として、100年以上にわたってその技術を守り、受け継いできました。その一方で、2011年にはストールブランド「comment?(コモン)」を立ち上げ、着物以外のジャンルにも江戸小紋の可能性を広げる試みも始めています。
4代目・廣瀬雄一氏が世に送り出す「パリ小紋」も、そんな新たな扉のひとつ。きっかけは、フランス・パリの国立高等装飾美術学校に招かれて行ったワークショップでした。参加した学生たちが考案したデザインを鮮やかなストールに染め上げ、パリのデザイナーたちとのコラボレーションによって生まれた江戸小紋ということで、「パリ小紋」と名付けられたそう。
2023年に発表した「パーケット」も、フランス人デザイナーが手がけたパリ小紋のひとつ。パーケットとは「寄木張り(よせぎばり)」の意味で、木材を幾何学的に敷き詰めた、フランスの伝統的なフローリングのこと。モチーフに使われたのはベルサイユ宮殿の床にも使われていた文様で、精緻な柄が特徴の江戸小紋にしては珍しい大柄なデザインが目を引きます。
ですが、その柄をよく見ると、大小さまざまな無数の粒が、整然と、ほんのわずかなズレも重なりもなく並んでいることがわかります。これこそ、江戸小紋の高い技術がなせる業。仕立てられた着物は、一見とても斬新なデザインでありながら、その実、江戸の粋を感じられる一着に仕上がっているのです。
廣瀬氏によれば、フランスの人々は日本のクラフトマンシップへの共感や尊敬の念が強く、江戸小紋の技術に対する評価も高いといいます。そんなフランスの美意識を取り入れて生み出されたまったく新しい江戸小紋、それがパリ小紋です。
400年以上の歴史をもつ江戸小紋は、ある意味で、すでに完成された工芸と言えます。けれど、その価値観を守り、未来につなげるには、ただ古いものを作り続けるだけでなく、その時代に合わせたものを新たに生み出していくこともまた必要なこと。新たな美しさを発掘し、伝統工芸としての幅を広げるには、「日本の外から見た着物の魅力」という視点も大切になるでしょう。
「守りたいのは自分たちの技法。そのためにデザインは変わっていいし、むしろ、どんどん変わっていったほうがいい。そうすることで、江戸小紋に新しい風を取り込むことができる」と語る廣瀬氏は、パリ小紋のほかにも、オリジナルの文様や柄を創作したり、伝統の文様にアレンジを加えたりするなどの試みも積極的に行っています。
言うまでもなく、伝統の継承は重要なことです。しかし、伝統だから守らなければいけないわけではありません。大事なのは、それが美しいということ。その美しさを作るために、江戸小紋の技法は受け継がれてきたのです。「だから、美しいものを作り続けることが何よりも大切なんです」
数百年という時を経て現代に伝わる江戸小紋は、美しいからこそ人々に愛され、今でも、そしてこれからも愛され続けるのでしょう。自分が生み出した新しい文様が100年後まで残っているか、それはわからないと言い切る廣瀬氏は、だからこそ、もっと技術を高め、作り手として自分自身がいいと思えるものを追求したいと話します。
そんな廣瀬氏にとって、伝統的な手仕事の価値が見直される今の風潮は、格好の追い風。さらに、着物の魅力が世界にも知られるようになり、最近では海外の顧客からのオーダーも増えているのだそう。江戸小紋のさらなる扉を開くため、今はパリ小紋だけだが、たとえばニューヨーク小紋や、その他の国のデザイナーたちと生み出す、また別の新しい小紋だってあり得る、とのこと。時空を超えて、未来と世界に羽ばたく江戸小紋に注目です。