口伝で受け継がれる神秘の紅
常に最新のスタイルやトレンドを発信する世界有数のファッションストリート、表参道。それと並行して走る通称“骨董通り”の近辺には、最先端のブティックやカフェとともに、骨董品店、美術館、ジャズバーといった、クラシックなカルチャーが混在している。江戸時代から続く伝統の口紅“紅”を販売する伊勢半本店も、この地にミュージアムと店舗を構え、グローバルに情報を発信している老舗だ。この紅ミュージアムでは、伊勢半本店が創業時から今日まで守り続けている紅づくりの技と、紅の歴史や文化を知ることができる。
紅とは、紅花の花弁にわずかに含まれる赤色色素を抽出した日本伝統の口紅のこと。門外不出とされた秘伝の製法は、伊勢半本店の歴代当主と、当主に認められた紅職人によって、脈々と口伝で受け継がれる継承技術だ。“江戸一の紅屋”と謳われた伊勢半本店を代表する商品となるのが、玉虫色に輝く“小町紅”。有田焼のお猪口に刷かれた紅は、乾いている状態だと赤色の反対色に近い玉虫色の輝きを放ち、水に溶かすとたちまち赤くなるのだが、この神秘的な紅を江戸時代の製法そのままにつくり続けているのは、世界中で伊勢半本店のみだという。
江戸時代から庶民の憧れだった小町紅は、贅沢な化粧品として富裕層の間で愛用された。特にこの小町紅を幾重にも塗り重ね、下唇を緑色にする化粧法“笹紅”は、ある種のステータスシンボルとして、一時期江戸の街で大きなトレンドとなった。小町紅には手が届かない一般庶民の間では、墨を下塗りしたうえから安価な紅を重ねることで、玉虫色に似せた輝きをつくるという裏技が考案されたほどだ。
流行に敏感な女性たちが最新のスタイルや情報に触れ、そこからインスパイアされて、さらに新たな流行を生み出していく街、東京。伊勢半本店の紅ミュージアムに足を運ぶと、女性がおしゃれを楽しむ心は、いつの時代も変わらないことに気づかされる。