実用性を追求することで現在の形になった刃物類。それをどうアートに昇華するか。この作品から紐解く、職商人うぶけやの刃物の可能性と未来
2021.02.22
LIFE江戸の文化を象徴する、職商人というスタイルで、現在も刃物屋を営むうぶけや。うぶけやブランドとして、古くからたくさんの人々に愛され続けてきたこの刃物が、舘鼻氏によってどのようなアートに進化を遂げるのか。そこに見える職商人の秘めた可能性とは。
雲という“境界”を“花鋏”が断ち切る姿。そこに込められた思い
作品に使用されるのは、うぶけやの象徴である“花鋏”。求められる用途に忠実に、職人の手によって成形された花鋏は、手仕事ならではの温かみを感じさせる。しかし一方で、人々が愛着を持って接する日用品としての刃物道具を用いて、美術品としてと捉えてもらうように仕立てるのは、非常に難解なテーマのはずだ。そこにはどのような創作プロセスがあったのだろうか。
「今回は、職商人というかたちで長年受け継がれてきた、うぶけやさんの花鋏を使い、僕の彫刻『Void Sculpture Series』の新たな作品を表現しようと思いました。アクリルの塊の中に、雲を断ち切る花鋏の姿がかたどられているのですが、この雲には、アーティストとしての主題の一つでもある“生と死”の境界線に焦点を当てた内容になっています。この境界と花鋏の存在が、どのように皆さんに感じていただけるのかを考えながら制作しています。これまで道具として見られてきたものが、アートのエッセンスを取り入れることで、再定義される。この作品を見たときに、鑑賞者には固定概念に縛られずさまざまな捉え方をしてほしいと思っています」。
舘鼻氏独特のアートが徐々に形になっていく
3Dモデリングによって下書きが立体的に表現される
“お客様との繋がり”が生まれる職商人だからこそ、できることがある
職商人として活動する刃物屋が少なくなっている中、現代でもうぶけやでは信念を曲げず、このスタイルを貫いてきた。時代を経ても、うぶけやには愛され続ける魅力がある。舘鼻氏はそのリスペクトの意味も込めて作品を制作している。
「うぶけやさんは、お客様とコミュニケーションを直接取り、それを製品に生かすことができる。多くの職人の場合、外からの意見をじかにきくことは少ないですが、職商人の場合は、お客様との対話から、その時求められているものを敏感に感じ取れる。そこには、うぶけやさんの大きな可能性を感じます。需要があるのに作れる職人がいないなど、ミスマッチによって失われている伝統産業は多いと思います。それぞれの時代に合わせて魅力を発信することは、非常に難しいことだと思いますが、現代、そして未来に向けて、類まれなプロデュース能力を発揮し、職人とともに挑戦し続けてほしいと思っています」。
この製作段階の作品を見て私はこう思った。江戸の風景を想像させる雲は、これまでの過去の姿を象徴しているかのよう。その“境界”を断ち切る鋏は、まるで職商人うぶけやの未来にかける覚悟や思いを表しているのではないか……。皆さんにはこの作品がどのように見えるか、当日は、舘鼻氏によって込められた思いを感じながら鑑賞してほしい。
Photo by Satomi Yamauchi