日本の印刷技術のルーツでもある“江戸木版画”の文化を、今でも当時と変わらぬ製法で継承し続ける「高橋工房」。世界を虜にする江戸木版画の魅力とは一体なんなのだろうか
2021.02.17
LIFE当時から、“無くてはならないもの”として人々に親しまれてきた江戸木版画。日本独特の素材や技術、表現が施され、今や世界でも愛される芸術品となった。全てが手作業で行われる江戸木版画は、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのようにロマンティックだ。
情報誌として庶民の生活に寄り添い、共に成長してきた
西洋は石文化のため石版画が主流だが、日本では木がよく育ち、紙や版木をうまく調達することができたことから木版画が発達した。江戸期には、庶民のための“情報誌”を手工で印刷する役割として、市井に寄り添いながら共に成長してきた。当時の人々は浮世絵版画を通して、流行りの着物やかんざしなど、そのときのトレンドを知り、旅のガイドブックとしても活用していた。ファッション誌や情報誌などの雑誌カルチャーも江戸木版画によって生まれたのだ。またその発展の陰には、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重といった、江戸の天才浮世絵師たちの活躍もあった。彼らは競い合うように新たなデザインの浮世絵版画を発表し、日本ならではの遊び心のある印刷文化を作り上げてきた。手描きのオリジナル作品は、到底庶民には手の届かない値段で取引されていたが、版画は少しでも多くの人に楽しんでもらうために、かけそば一杯ほどの値段で売られていた。浮世絵師が描いた絵を再現するために、互い切磋琢磨し、技術を競い合った絵師や職人がいたからこそ、世界に認められるような文化になったのだ。
版木には一つひとつに繊細な彫刻が施され、作品によって5枚〜20枚の版木を使用する。
今も昔も、”旬のもの”を発信するのが版画の役目。
「江戸東京リシンク」展では、創業150年の歴史ある江戸木版画工房「高橋工房」が代々受け継いできた版木や絵具、さまざまな道具が展示される。当時から情報誌としても親しまれてきた江戸木版画は、常に最新のものを発信する役目を担ってきた。現代の江戸木版画のあり方や、未来に向けて高橋工房の主人高橋氏はこう語る。
「市民が求めているものを作り出すのが版画なので、本来ならば旬のものを出さなければなりません。しかし、私たちは今後も浮世絵版画を学び、この技術を継承する役目があります。過去愛され続けてきた作品たちを守りたい気持ちはありますが、風景画や役者絵が現代人のライフスタイルには合いづらい。だから、今の生活様式に合ったものを作っていかなければと感じています」。
江戸木版画の魅力とは多色摺りならではの色鮮やかな発色にある。多いものは20~30回もの摺りが正確に重ねられている。
完成した葛飾北斎の「富嶽三十六景神奈川沖浪裏」。
「最近ではアニメとのコラボレーションや、名高いデザイナーや世界的な建築家からもオファーをいただき、日々新しい版画に挑戦しています。次はどんな人と何を作り上げようかと、一年中ときめいた気持ちでいますが、それが私にとっての原点であるともいえますね。一方で、無名でも素敵な絵を描く人たちが日本にはたくさんいます。その人々に絵師として参加していただき、一緒になって成長していくのも、私たちの役目だと思っています」。
機械化が進む現代で、なぜ江戸木版画はこんなにも支持されているのか、それは版画に込められた職人たちの思いや、当時の暮らし、そして数々の歴史のロマンに触れることができるからではないか。
Photo by Satomi Yamauchi