江戸時代の美を象徴する“小町紅”を、日本最後の紅屋として今でも守り続けている「伊勢半本店」。人生の大切な節目に彩りを添えてきた紅には、現代にも通じる新たな魅力があった

江戸時代の美を象徴する“小町紅”を、日本最後の紅屋として今でも守り続けている「伊勢半本店」。人生の大切な節目に彩りを添えてきた紅には、現代にも通じる新たな魅力があった

色鮮やかな“赤”を想像させる紅には、さまざまな顔がある。発色がその時々で変わる紅の中でも、良質なものは“玉虫色”に変化する。化粧料や食用の着色料としてだけでなく、出産、雛祭り、七五三、婚礼、還暦まで、人々の人生の節目の日に彩りを添えてきたのだ。そこにどんなメッセージが込められてきたのか。

江戸時代の美を象徴する“小町紅”を、日本最後の紅屋として今でも守り続けている「伊勢半本店」。人生の大切な節目に彩りを添えてきた紅には、現代にも通じる新たな魅力があった

江戸時代に、疱瘡(ほうそう)や麻疹といった感染症が大流行したため、人々はすがるような思いで紅摺りのまじない絵「疱瘡絵」を買い求め、部屋に飾り平癒を願ったそう

今でも紅文化が継承されているのは、職人の技術や、栽培する農家があるからこそ

本展で紅の歴史的資料や、ワークショップを開催するのが、「伊勢半本店」だ。紅の原料である紅花の原産地は中近東・エジプトといわれ、シルクロードを渡って中国に伝来し、日本には紅の抽出方法も含めて3世紀中頃に伝わったと考えられている。紅花の花びらに含まれる赤色色素はわずか1パーセント。長年の職人技や秘伝の製法がなければ抽出することもままならない。しかも、紅花を栽培することすら非常に難しい現状がある。

「現在、日本では山形県の限られた農家でしか、紅花の栽培から紅餅の加工までできるところはありません。紅花は漢方薬としても使用されているので、中国産の花びらの部分を乾燥させたものも販売されていますが、同じ製法で試しても、やはり農家さんが栽培した紅花でなければ、きれいな色を抽出することができないのです。もちろん仕上げ工程を担う職人の技術や、受け継がれてきた秘伝の製法も重要ですが、こうした農家のみなさんや、毎年その栽培を手伝ってくださる市民の人々など、多くの人の支えがあってこそ紅文化は守られてきたのです」。

もともと黄色い紅花に、赤い色素が含まれていること自体不思議なことだが、それが職人の手によって紅に生まれ変わると、“玉虫色”にも発色する。しかも、湿度や光、時間の経過とともにその色はまた赤色に戻ってしまうというから、美しく儚い。関わる全ての人々の思いや努力の上に、紅が成り立っているのだ。

江戸時代の美を象徴する“小町紅”を、日本最後の紅屋として今でも守り続けている「伊勢半本店」。人生の大切な節目に彩りを添えてきた紅には、現代にも通じる新たな魅力があった

収穫時は花びら一枚一枚を丁寧に摘む。このようにきれいに咲かすことができるのも農家の方々熟練の栽培方法にあるのだ。

江戸時代の美を象徴する“小町紅”を、日本最後の紅屋として今でも守り続けている「伊勢半本店」。人生の大切な節目に彩りを添えてきた紅には、現代にも通じる新たな魅力があった

当時紅は、猪口や皿・椀・貝殻などの内側に刷かれた状態で販売された。この玉虫色に輝く紅を、水や唾液などで筆を濡らし溶かしながら使用していた。

現代人にも共通する江戸の美意識。そして気づいて欲しい“紅”の魅力

歴史を積み重ねてきた紅は、江戸時代、自分を美しく魅力的に魅せる手段として多く使用された。当時の女性は、化粧道具の中で、唯一色彩を持っていた紅をいかにうまく使い、自分をきれいにみせるかということに試行錯誤していた。口紅としてだけでなくアイシャドウやチーク、白粉前のコントロールカラー、時には耳たぶにつけて色っぽさを演出したり、ネイルのように爪にも使用していたりしていた。その美に対するストイックさは現代の女性にも通じるものがある。

「全て天然成分でつくられていることが、紅の一つの魅力だと思います。現代では化粧品が溢れていますが、美への欲求の高まりとともに、さまざまな香料や成分が追加され、アレルギーの原因にもなっています。しかし紅なら敏感肌の人にも使っていただけます。また、一度つけたら落ちづらいので、食事の際にグラスにリップがつくことも防げますし、ノーメイクでも、紅を少し差すだけで、自然な色に発色してくれます。紅一つで女性の身だしなみであるメイクがすべてまかなえるということは、いかに紅が日本文化に根付いていたかという証だと思います」。

今も昔も変わらない美に対する価値観。だからこそ現代に生きる私たちも、紅の歴史や背景を知ることで、当時の人々と同じようにその魅力に気付くことができる。その体験の連鎖が、この先も紅文化を継承し続ける大きなきっかけになるのではないだろうか。

Photo by Satomi Yamauchi