日用品から飾るアートへ。世界も注目の江戸団扇日用品から飾るアートへ。世界も注目の江戸団扇

日用品から飾るアートへ。世界も注目の江戸団扇

江戸の四季の風景や遊女の生活など、色鮮やかな浮世絵が画面いっぱいに描かれた大判の団扇(うちわ)、そして、江戸から続く浴衣や手ぬぐいの柄が踊る涼しげな団扇。創業1590年の日本橋「伊場仙」が作る「江戸団扇」は、飾るアートとしても人気の高い逸品だ。

「私たちの祖先が団扇の製造を始めたのは1700年代、江戸時代中期のことでした」と話すのは、伊場仙第14代当主の吉田誠男さん。

初代・伊場屋勘左衛門氏の父親は、かの徳川家康のもと、遠州伊場村(現在の静岡県浜松市中区東伊場町付近)で治水・土木工事を担当する職人だった。ところが当時の天下人、豊臣秀吉から家康に関東八州が与えられると、家康とともに数万人が江戸へと移り、開拓工事に着手する。初代の父親もその中の一人だった。やがて家康が江戸に幕府を開き(1603年)、江戸の町の開発が落ち着いてくると、初代の父はそのまま江戸に残り、竹と和紙の材料を取り扱う商売を始め、幕府にも納める御用商人になった。

「その後、1700年代に、竹と和紙を使って団扇の制作を始めるようになりました。そこで作る団扇がのちに江戸団扇と呼ばれるようになったのです」

1本の竹を裂いて、うちわの面の細骨と柄(え=持ち手の部分)の両方を仕立てる。それが、江戸団扇の大きな特徴だ。

「江戸団扇は涼を取るだけではなく、炊事に使うなど、日常生活の道具として大量生産、大量販売されるものなので、コストがかからないように1本の竹で形作るようにしたのです」

日用品から飾るアートへ。世界も注目の江戸団扇
伊場仙14代目の吉田誠男さん。1985年(昭和60年)、代表取締役社長に就任。



江戸時代の後期、木版技術が発達して団扇絵の大量生産が可能になると、団扇にも浮世絵や、人気の歌舞伎役者を描いた役者絵が描かれるようになった。伊場仙でも、歌川国芳、歌川豊国、歌川広重など著名な浮世絵師の絵を本格的に団扇に取り入れるようになり、彼らの版元も兼ねて、版元団扇商として江戸城に出入りするようになった。

現在、伊場仙が作っている団扇は江戸の昔と同じ技法で、国産の竹、和紙、繊維を使用し、すべて手作りで仕立てたもの。そのうち「江戸団扇」の名前が付いているのは「江戸団扇 今様十二ヶ月」「江戸団扇 浮世絵」「江戸団扇 大満月うちわ・中満月うちわ・小満月うちわ」の3種類だ。中でも「今様十二ヶ月」と「浮世絵」のシリーズは、店を訪れる外国人旅行客からも熱い視線を浴びている。第22代フランス大統領を務めたジャック・ルネ・シラク氏もその一人だった。

日用品から飾るアートへ。世界も注目の江戸団扇
上段の3点は「江戸団扇 今様十二ヶ月」豊国筆。左から右へ「初春」(陰暦1月)、「菊月」‘陰暦9月)、「如月」(陰暦2月)、サイズ37×29.5cm。下段の4点は「江戸団扇 浮世絵」。左から右へ「彫竹」豊国筆、「諸鳥やすうりづくし」(諸々の鳥が江戸のグルメを作ったり販売したりしている)国芳筆、「絵鏡台 合かが身」(猫が大好きな国芳による猫の擬態3点)国芳筆、「刀根川」広重筆。



「シラク元大統領は、来日した際に「今様十二か月」をたいそう気に入られて、お買い求めになりました。このシリーズは1822年(文政5年)、初代歌川豊国が描き、版元である伊場仙が多色刷り団扇絵として製作したものです。12枚の団扇、それぞれの表と裏に違う絵が描かれていて、柄をくるくると回すと、表と裏が繋がって、一つのストーリーになっているように感じられます。このような表現をシラクさんはとても気に入られたようでした」

「大中小の満月シリーズ」は和紙のほかに浴衣や友禅紙などを使った1点もの。こちらの柄(がら)は江戸の着物や浴衣からとったものや、青海波や市松模様など手ぬぐいなどによく使われた文様が中心だ。

日用品から飾るアートへ。世界も注目の江戸団扇
「江戸団扇 満月シリーズ」浴衣に合わせるのもばっちりな団扇シリーズ。鈴付きのタイプもある。



2012年(平成24年)には浮世絵ミュージアムをオープンし、浮世絵の江戸団扇や版木などを展示して、江戸文化の発信に力を入れている。さらに、2023年6月にはメタバース上に伊場仙浮世絵美術館を完成させ、NFTの技術を使った浮世絵の販売など、デジタル技術を活用した展開にも挑戦している。

「海外にも浮世絵や江戸の文化に興味を持っている方がたくさんいらっしゃいます。江戸の伝統の美を守り、さらに伝えていくことも自分たちの役目だと思っていますので、将来的にはさらにデジタルの分野にも力を入れて発信していきたいですね」

日用品から飾るアートへ。世界も注目の江戸団扇
2023年6月に完成したメタバース上の伊場仙浮世絵美術館