
江戸から受け継がれる美意識を未来へ。確かな目が支える竺仙のものづくり
2026.10.19
FASHION1842(天保13)年、江戸後期に創業した呉服屋・竺仙。江戸・明治から伝わる型紙と職人の手仕事を守りながら、浴衣や江戸小紋を作り続ける老舗です。江戸から受け継がれてきた美意識とその精神を未来へつなぐ取り組みについて取締役社長の小川茂之さんに伺いました。
「粋ひとがら」に息づく竺仙の美意識
小川さんが異業種から竺仙に入社したのは28歳の頃。東京という都会で、いまもなお職人の手仕事による竺仙のものづくりに感銘を受けたことがきっかけです。そんな小川さんに、竺仙が受け継いできたものは何かと尋ねると、「粋ひとがら」という言葉が返ってきました。
「代々『竺仙の染は粋ひとがら』と申し上げてまいりました。“粋”の感じ方は人それぞれですが、竺仙の染はすべて、その一言で表されるという考え方です。流行に流されない洗練された美しさや、すっきりとした線、余計なものを削ぎ落とした意匠など、江戸から受け継がれている美意識を大切にしながら、その時代に合った表現へ磨き続けること。それが私たちの考える“粋”です」。
当時、浴衣は白生地や無地から徐々に柄が入るようになってきましたが、その中で初代・仙之助は、小紋で培った型染めの技術をいかし、草花や季節の風物を藍で染めた浴衣を考案しました。斬新ですっきりとした意匠はたちまち評判となり、“粋”な浴衣として江戸の町人文化を彩る存在となったといわれています。


竺仙が手がける代表的なものが、浴衣と江戸小紋です。江戸小紋は、武士の裃に由来する繊細な文様が特徴であり、型紙を用いて職人が一反一反手作業で染め上げます。こうした型染めの技術を守りながら、竺仙では企画から製造、販売までを一貫して手がけ、自らの品質に責任を持つものづくりを貫いています。その精神を象徴するのが、「竺仙鑑製(ちくせんかんせい)」の四文字です。

「“鑑”には、手本や目利きという意味があります。お客さまだけでなく、人から手本となるような品を世に送り出す。そういった覚悟を込めた言葉だと思っています」。
「竺仙鑑製」は単なる品質表示ではありません。手本となる品質を守り続けるという決意であり、現在の竺仙のものづくりを支える精神です。

職人たちとの信頼がつなぐ江戸染の技
竺仙の反物は、一人の職人だけでは完成しません。生地を織る人、柄を考える人、型紙を彫る人、染める人。それぞれの専門職人が技をつなぎ、一反の反物をつくり上げます。江戸から続く「長板中形(ながいたちゅうがた)」をはじめ、「注染」や「引き染め」など、さまざまな手染めの技法が分業の中で受け継がれています。

竺仙には江戸・明治から受け継がれた数千枚の型紙が残されていると言います。しかし、それらを守るだけではなく、江戸から受け継がれる伝統的な柄を土台に現代の感覚に合わせて調整し、色や生地を変えながら毎年約1,000種に及ぶ柄の商品づくりを行っています。
「古典を大切にしながらも、今の時代にふさわしい美しさとなるよう、柄や色、生地をていねいに見直しています。綿100%でも糸の太さや織り方によって風合いは大きく変わり、それが着たときの「着味(きあじ)」につながります。見た目だけではなく、身体になじむ着心地まで含めて品質を追求しています」。
その品質を支えているのが、職人との密なコミュニケーションです。小川さんをはじめ、竺仙の社員は工房へ足を運び、柄や色、生地について意見を交わしながら、一反ずつていねいに仕上げていきます。
「職人さんは長年にわたって強い信頼関係で結ばれてきた人ばかりです。こちらが望むクオリティはきちんと伝えますし、その逆もしかりです。お互いに率直に意見を交わしながら切磋琢磨し、『竺仙の仕事なら受けてみる価値がある』と思っていただけるような仕事を続けることが、信頼関係につながっているのだと思います」。
完成まで多くの工程を経るからこそ、求める品質に届かなければ世に出さない。それもまた「竺仙鑑製」の精神です。
技術を受け継ぐ職人が育ちつつある一方で、素材や道具を取り巻く環境には新たな課題も生じています。小川さんが懸念しているのが、気温上昇による生産現場での材料の管理や配合の問題や、世界情勢の影響による糸や染料などの材料の入手難です。このような問題に直面するたびに職人たちは知恵を出し合い、変わらぬ品質を守るための工夫を重ねています。
江戸から受け継がれている美意識を次の時代へ届ける、新たな挑戦
伝統を守る一方で、竺仙は新たな挑戦にも積極的です。江戸東京きらりプロジェクトへの参画をきっかけに、反物から仕立てる「CHIKUSEN dress」や、生地をガラスに挟み込んだ「竺仙の器」をベースに、海外デザイナーとのコラボといった新たなプロダクトが生まれました。こうした取り組みは、新たな顧客との出会いにもつながり、ドレスをきっかけに浴衣へ興味をもつ人も多く、なかには海外へ着ていくためにドレスに仕立てる人もいるといいます。

「浴衣になじみがない人に突然『着てください』と言っても届きません。でもドレスや器なら、生地やデザインの魅力を知っていただくきっかけになります。若い人も着方を気にし過ぎず、まず着てみてほしい。そこから和装の面白さや所作の美しさを知っていただければ、それが次につながると思っています」。

新しい取り組みにも積極的な小川さんが最も大切にしているのは、変わらない品質です。
「一番難しいのは、同じクオリティのものを作り続けることです。お客さまの期待を裏切らない品質を守る。その土台があって初めて、新しい挑戦ができます。仕事を生み出し続けることで職人に還元でき、技術が磨かれ、また次の世代へ受け継がれていく。その循環を絶やさないことが私たちの役割だと思っています」。

江戸から続く「粋ひとがら」の美意識は、職人たちとの信頼関係の中で受け継がれてきました。「竺仙鑑製」に込められた、自らが手本となり品質を守り続けるという覚悟。その精神を土台に、時代に合わせた新しい表現にも挑戦する──。変わらないものと変わり続けるもの、その両方を大切にする姿勢こそが、竺仙が未来へ守り伝えていく江戸からの美意識なのです。