東京都薬用植物園は「365日ワンダーランド」! ある職員が定年後に出合った使命とは?
2024.11.13
LIFE西武拝島線の東大和市駅を降りてすぐのところにある東京都薬用植物園。薬に使われる植物の収集・栽培や正しい知識の普及を目的として東京都が1946年に開園した歴史ある植物園で、ケシやアサを含む約1600種を栽培しています。この植物園の管理業務を2007年から請け負っているのが、生薬の普及・啓発を行う公益社団法人東京生薬協会です。
統括管理責任者を務める山上勉さんは、この植物園で働くようになって10年。植物の栽培管理に関する業務だけでなく、職員の労務管理から各種イベントの企画・運営まで、責任者としてあらゆる業務をこなしています。自宅から植物園までは電車で片道1時間半、毎日往復3時間をかけて通っていますが、「まったく苦にならない」と話します。
母親が花好きでたくさん植えていたことから、昔から植物が好きだったという山上さん。大学卒業後、営業職で入社した製薬メーカーが漢方薬を手がけていたことで、植物の葉や根など薬効があるとされる部位からつくられる「生薬」というものを知りました。それまでただ見て楽しんでいるだけだった植物の、新たな側面に出会ったのです。
「今は大学の医学部でも漢方について教えられていますが、当時はまだまだ認知度が低かったため、僕たち営業マンが生薬や漢方薬について勉強して、医師などに説明していました。その中で、よく知っている花々が生薬として使われていることを知り、好きだった植物と生薬がどんどん糸でつながっていったのです」
そして定年を迎えたとき、「植物に囲まれて仕事がしたい」という思いで、責任者としてこの植物園で働くことを決意。それから10年経った今、山上さんは「それまでの自分の人生は、ここで働くための準備運動だったんじゃないかと思う」と語ります。
生薬については薬剤師を対象とした講義やガイドも行っている山上さんですが、この植物園に来るまで「原料となる植物についてはあまり詳しくなかった」そうです。そのため、70歳を超えた今でも日々勉強することばかりで、自然が相手の栽培はうまくいかないことも多いものの、それもまた楽しいと笑います。
そんな山上さんにとって薬用植物の面白さは、生薬に使われる部位が植物によって異なる点だと言います。根や種子が使われる植物もあれば、蔓から出るほんの小さな鉤状の部位に薬効があったり、部位によって別々の生薬になる植物があったり、なかには花から根まで丸ごと使ってひとつの生薬になる植物もあるそうです。
東京都薬用植物園では、薬事行政の一環として違法ドラッグや健康食品に関する調査・検査なども行っていますが、山上さんはそれらに加えて、この植物園の意義について「地域の人たちの憩いの場になっていること」を挙げます。その言葉どおり、平日でも多くの人が園内を散策し、花の写真を撮ったり、ベンチで会話を楽しんだりする姿がありました。
「僕は『植物園は365日がワンダーランド』だと思っています。季節の移ろいで咲く花が変わるだけでなく、酷暑とか暖冬など年ごとの気候によっても植物は変化します。また、多くの人は花が目当てですが、花が終わってからも素敵な植物はいっぱいあります。来る度に植物の違った姿を知り、草花の一生を観察できる場所、それが植物園なんです」
3万平方メートルを超える敷地内には、かつての武蔵野の面影を残す自然林も残っています。毎月さまざまなイベントが開催されているほか、ハーブや薬草に興味を持った人が学べるような展示も。ここを訪れて花々や木々に触れることが、大切な自然を未来へつなぐきっかけになってくれたら──それが、植物を愛する山上さんの願いです。