パートから執行役員へ。後継者不足を解消した、小宮商店の働き方改革の仕掛け人
2024.11.26
LIFE山梨県富士吉田周辺で作られる甲州織の傘生地を使い、職人が1本1本丁寧に作り上げる洋傘が人気の小宮商店。良質な日本製メーカーとしてだけでなく、女性の活躍推進によって職人の後継者不足を解消した老舗企業として今、注目を集めています。その改革を担ったのが、2013年にパートとして入社し、現在は執行役員の伊藤裕子さんです。
「介護のために勤めていた会社を辞め、空いている時間だけ働ける仕事を探していたところ、小宮商店の経理の求人広告を見つけたんです。前職で数字には慣れていましたし、着物が趣味なので織物の生地で傘を作るという事業内容にも興味が湧きました」
ただ、当時の小宮商店は安価な外国製の傘に押されて経営も決して楽ではありませんでした。従業員は50代、60代のベテラン男性ばかり。職人も高齢の男性2人だけで、後継者不足も大きな課題でした。伊藤さんを中心に少しずつ効率化を進めていく中で、大きな転機となったのは、2014年に小売を始めたことです。百貨店勤務の経験のある20代女性に店舗運営を任せ、丁寧な対応を心がけ、商品企画と同時にギフトバッグなどの販促品も開発し、ホームページやSNSでの発信にも力を入れました。それまで会社になかった発想で店づくりを進めてもらったところ、若い女性客が増え、目標を大きく上回る売上を達成したのです。
「ベテラン社員たちも『女性はすごいね!』と言って喜んでくれ、わたし自身も改めて、男性と女性では視点が違うことを実感しました。そこから会社は女性の積極採用を進めたのですが、成果を出している人が結婚や出産や介護などで辞めてしまうことは、本人にも会社にもデメリットです。小さな会社でもきちんとした就業ルールが必要だと考えるようになりました」
介護に区切りがついたことを機に正社員となり、経営企画室で採用なども担当していた伊藤さんは、志願して人材育成の研修に参加。女性活躍推進について学んだことを共有するための社内勉強会も主催しました。さらに、誰でも意見を言いやすいよう無記名のアンケートを実施するなど丁寧なヒアリングを重ねていき、短時間勤務やリモートワークを盛り込んだ就業規則を完成させました。こうした改革の中で伊藤さんが気をつけてきたのは、女性活躍だけにフォーカスしないことだったと言います。
「女性は出産というライフイベントがあるため、就業規則によって男性と同じように働けるスタートラインを作る必要があるのですが、それを丁寧に説明しないと、むしろ女性ばかり優遇しているようにも受け取られてしまいます。女性も男性と同様に働き続けることが人生の選択肢の一つとなり、男性も女性も働きやすい環境を目指していることを伝えるため、ワーク・ライフ・バランスという言葉を使うよう意識しました」
こうした取り組みをホームページで積極的に発信したことで、女性だけでなく若手の男性社員も増え、従業員はかつての3倍ほどに。職人も11人に増え、後継者不足の悩みも解消しています。伊藤さん曰く、小宮商店の良さは幅広い年代のスタッフが働いていること。若いスタッフがベテラン社員に商品の特徴や会社の歴史についてインタビューを行って会社のホームページに掲載した記事からは、互いにリスペクトしている様子が伝わってきます。
人材が多様化したことのいちばんの効果は、それぞれの目線による商品開発が売上にも好影響を与えていることです。今年発売した「Bouquet」は、光沢感のある無地の表面に対して裏面のミモザ柄が華やかで、幅広い年代の女性に人気で売り切れが出るほど。折りたたみ傘を開いたあとは長傘として持ち運べるような工夫を施したり、30代~40代の社員が企画したスタイリッシュな「TwoPly -トゥープライ-」にはカジュアルにもスーツにも合うニュアンスカラーを取り入れたり、さまざまなアイデアを取り入れることで、より幅広い顧客層にもアプローチできるようになったのです。
誰にとっても働きやすい社風を築くことで、社内の雰囲気が明るくなり、自ら考えて行動できる社員の採用につながった、と語る伊藤さん。良質なものづくりを貫いてきた小宮商店の働き方改革は、伝統と技術を未来へ継承するのみならず、新しい傘のアイデアを育む土壌にもなっています。今後もこの企業からどんな傘が誕生するのか注目です。