「伝統」と「革新」の両輪を回し続ける、「伊場仙」社長のプロデュース力
2024.08.15
LIFE江戸から続く扇子と団扇の老舗「伊場仙」。江戸の伝統を長く継承しながらも、常に時代にあった新しい商品を生み出し続けています。2024年も、江戸の柄を取り入れた新シリーズや、国内外の有名デザイナーとコラボした定番の江戸扇子など、数多くの新作をリリースしている「伊場仙」。その企画力はどこから生まれるのか、そして、フレキシブルな発想の原点はどこにあるのか。代表取締役の吉田誠男さんに聞きました。
日本のお土産として扇子や団扇を買っていく外国人旅行客は、年々、増えている。
「うちの店の前の通りも、今は外国人の方がとても多いんです。店に入ってくるお客さまは、グーグルマップを見ながらここを目指してこられる方がほとんどですね」
と話す、創業1590年の日本橋「伊場仙」14代目の吉田誠男さん。
海外からの旅行客が増加している今年の夏、「伊場仙」にもインバウンドを意識した新作が数多く出揃っている。中でも一気に9種類の新作がお目見えしたのは「江戸柄扇子」だ。
「これは、江戸時代から手ぬぐいや浴衣に使われていた柄を布地に写した扇子です。江戸の“粋”を楽しんでいただきたいと思って作りました。日本人にはおなじみの青海波や魚偏(へん)の漢字、吉祥文様の麻の葉や雪輪、紗綾形(さやがた)、そして、金魚もとても人気があります」
ユニークなのは、江戸の絵師・歌川国芳の描いた猫版の東海道「猫飼好五十三疋(みょうかいこうごじゅうさんびき)」の扇子だ。
「うちは江戸時代後期に浮世絵師の絵を団扇に取り入れるようになったことから、浮世絵の版元も兼ねて、初代歌川豊国、国芳、広重らの絵を取り扱っておりました。その中から今回は愛猫家として知られる国芳の作品を取り入れました。53匹全てを載せるのはギリギリ無理でしたが(笑)、びっしり詰まった猫が面白いでしょう?」
「伊場仙」には江戸時代から続く扇子の形を今に伝える定番の「江戸扇子」があるが、こちらでも新しい試みとして、国内外のデザイナーとのコラボレーションによる作品をリリースしている。パリを中心に活躍するJacues Averna氏が描いた“十二支”や、日本のメンズファッションブランド「ヨシオクボ」の久保嘉男氏による“秒進分歩”のシリーズだ。
「十二支はそもそもフランスにはないので、それを事前に説明するところから始まったのですが、ジャックさんも“面白い!”と乗ってくださって。閉じた扇子を広げていくと、動物の姿が伸びて広がって、動きのある感じがとっても楽しいですよね。久保さんの“秒進分歩”は「日進月歩」をアレンジして「日進月歩」よりも速い速度で進歩することを表したシリーズです。こちらからは久保さんに“東京らしさ”ということだけをお伝えしました。新作であっても、どこかに江戸や東京を感じられるものにしたいというのは、私たちがずっとこだわっているところですので。都会のどこかの雑踏とか、東京タワーをイメージしたような図柄の扇子は、コンテンポラリーな、現代の“粋”を感じさせる世界観を味わっていただけると思います」
続々と新しい商品を生み出す企画力や提案力は、一体、どこから来ているのだろうか。
「毎年、夏のシーズンが終わって9月、10月になると、来季はどんな方向性でいこうかとスタッフで検討します。そういうところはアパレルメーカーさんと同じかもしれません。毎年、毎年が勝負ですから、挑戦していかないとね(笑)。まあ、江戸っ子はそんなものじゃないですか。常に数奇なもの、奇抜なもの、新しいものを求めて、取り入れていく。うちは昔は浮世絵の版元でしたから。浮世絵は何しろ、毎年、というか毎月、チャレンジして新しいものを出して売っていかなければいけない。そういう伝統があったのでね」
さらりと笑顔で語る吉田さん。なるほど、新しいことに挑戦し続ける原動力、それも脈々と引き継がれてきた江戸っ子の気質なのかもしれない、と納得した。