継がなかった家業で起業。椎名切子(GLASS-LAB)代表が江戸切子に新風を呼ぶ継がなかった家業で起業。椎名切子(GLASS-LAB)代表が江戸切子に新風を呼ぶ

継がなかった家業で起業。椎名切子(GLASS-LAB)代表が江戸切子に新風を呼ぶ

職人だった祖父と父の背中を見ながら、「絶対に継がない」と心に決めていた──椎名切子(GLASS-LAB)代表の椎名隆行さんは、家業のガラス加工についてそう説明します。大学卒業後は不動産会社で営業職を経験し、ベンチャーのIT企業では不動産ポータルサイトの運営に従事していました。

その後、起業を決意し、何をやろうか模索する中で見えてきたのが、自分にしかない強みでした。きっかけは、退職する上司に、椎名さんの家族につくってもらったオリジナルのグラスを贈ったこと。「自分が成功するまで使わない」とまで言ってくれた姿を見て、家業がこんなにも人を喜ばせられることに気づいたのです。

「父と弟には、それぞれ高い技術がありました。父は、江戸切子の技法のひとつで日本の伝統工芸にも指定されている『平切子』という技術を持っていますが、今、これができる職人は日本に10人ほどしかいません。弟は、ガラスに模様を削る『サンドブラスト』という技法の使い手で、その技術は世界トップレベルだと評価されています。ただ、それまではB to Bの受注が中心だったため、自社製品をつくったことはなく、そもそも自分たちの技術がすごいものだということにも気づいていなかったんです」

継がなかった家業で起業。椎名切子(GLASS-LAB)代表が江戸切子に新風を呼ぶ
砂切子のぐい呑み「紅葉」25,300円。側面にはないはずの模様が、水を入れて上からのぞき込むとグラス全体に模様が広がる。


外の世界から見たことでその価値に気づいた椎名さんは、家業に自身のITや営業の経験を組み合わせることでガラス加工の世界に新しい風を吹かせようと、2014年、GLASS-LABを設立。そうして、親子3人の技術とアイデアを融合させて誕生したのが、これまでにない江戸切子「砂切子」です。

砂切子のグラスの側面は平切子の技術で平らに加工され、底面にはサンドブラストによる模様が施されています。そこに水や酒を注ぐと、底の模様が側面に映り込み、ガラスと水の反射によって、まるで万華鏡のように幾重にも広がっていきます。その様子は、思わず声を上げてしまうほど。

「ガラスの色合いやデザインなど試行錯誤を重ねて、創業3年目に売り出したのが、桜の花をモチーフにした『サクラサク』です。これが、本当に多くの人に手に取っていただけた。それまで自社製品をつくったことがなかった父と弟も、自分たちが手がけた商品が実際に売上につながったことで、職人としてのやりがいも感じられるようになったみたいです」

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椎名切子(GLASS-LAB)と椎名さん一家のターニングポイントとなった「サクラサク」をさらにアップデートさせた「サクラサク~舞う~」26,400円。淡い色合いや日本らしいデザインで訪日客にも人気。


GLASS-LABでは現在、祖父が創業し今は康之さんが社長を務める椎名硝子と共同で砂切子の商品開発を行うとともに、その販売を担っています。平切子もサンドブラストも高度な技術のため、その両方を併せ持つライバルはまず現れない。そこで、自分たちにしか生み出せないという思いを込めて「椎名切子」と名付け、より多くの人にその魅力を知ってもらうとともに、さらなる販路拡大を目指します。

椎名さん自身は商品企画のほか、ウェブサイト制作や広告、営業などを担当していますが、実は最近ようやく本格的な営業活動ができるようになったと言います。というのも、職人が二人しかいない状態では、つくれる数に限界があったからです。しかし、かつての同僚が平切子の担い手として事業に参加。さらには、康之さんの長男で24歳になる陸斗さんも職人としてデビューしたことで、生産量が大幅に上がり、より多くの注文に応えられるようになったのです。

「父と弟の技術を掛け合わせたように、既存の技術を現代にアップデートすることにも取り組みたいと考えています。ガラス加工の技術を応用して、使用済みのガラス瓶からアクセサリーやインテリアなどにアップサイクルするブランドを立ち上げる予定です。ガラス製品を扱う企業として、SDGsにも取り組んでいることを知ってもらえればと思います」

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GLASS-LAB株式会社、代表取締役の椎名隆行さん。いずれ海外にも打って出たいが、まずは「もっと商品の付加価値を高める必要がある」と語る。


椎名さんの独立をきっかけとして、様々なことが動き出しました。自分たちにしか生み出せないオリジナル製品を開発し、それが多くの人に受け入れられる存在へと成長。そのことは、職人としてのやりがいや自信を生むだけでなく、家業の安定・拡大にもつながります。それが結果的に、希少な技術を継承し、伝統を守ることになっていくのです。

でも、椎名さんに気負いはありません。「運だけはいいので」と笑い、それに続けて、「僕たち、これからもっとすごいことになると思いますよ」と未来を見据えた自信をのぞかせます。家族それぞれの強みが結集した唯一無二の「椎名切子」が、世界中の家族の食卓を彩る日も、そう遠くないでしょう。

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左:特にフランス人に人気だという「蛇ノ目切子ぐい呑み 瑠璃」33,000円。海外の展示会でも、グラスに水を注ぐと歓声が上がり、その声がさらに人を呼ぶといいます。右:椎名切子(GLASS-LAB)の新たな試み、ガラス瓶をアップサイクルしたバングル「WA」27,500円。