
亡き祖父がよみがえらせた「金唐紙」。その魅力の発信に奮闘する孫娘の挑戦
2026.09.03
LIFE和紙に金属箔を施し、版木に刻まれた凹凸文様が浮かび上がるように打ち出す。江戸後期から明治期にかけて始まった工芸品で昭和初期に一度は途絶えてしまったものを、1983(昭和58)年、重要文化財「旧日本郵船株式会社小樽支店」の壁紙修復を機に、「金唐紙」として職人の上田尚氏がよみがえらせました。現在、その技術は上田氏の孫・江端茉衣さんに引き継がれています。重要文化財の修復に携わりつつ、新たな表現の探求や調査研究にも尽力する江端さん。金唐紙の魅力をより多くの人へ伝える挑戦は始まったばかりです。

祖父の作品に魅了され、技術を受け継ぐ
江端さんが金唐紙に興味を持ったのは小学生の頃。それまで自宅に飾られていた上田氏の作品を「おじいちゃんが作ったもの」とは認識していましたが、上田氏の展示会へ足を運ぶようになり、金唐紙に対する見方が深まりました。
「展示会で金唐紙の歴史や、一度なくなってしまった技術を祖父が復活させた経緯などを知りました。その上で、改めて自宅にある作品を眺めたときに、和紙からこんなにも美しく、繊細な表現が生み出されることにとても感動しました。この世界を志すきっかけとなり、いまでも私の原動力です」。

江端さんの決意に対して、当初は上田氏や家族も「安定した道を歩んでほしい」と心配していたといいます。しかし、話し合いを重ねるなかで理解を得て、大学卒業後、上田氏が興した「金唐紙研究所」に入所します。修業の日々は上田氏の作品制作の手伝いから始まり、重要文化財の修復事業にも同行して現場で実践を積み重ねました。上田氏は細かく教えるというより、実際の作業の中で気になった点を指導したそうです。

「先代もすでに年配だったため、“たたく”といった力仕事はなかなか難しく、そのような作業は最初から私が担当しました。たたいている私の姿や作業する光景を見て『もっとこうした方がいい』と指摘を受けました。先代が作業する姿を見る機会は少なかったのですが、傍らでずっと私を見守りながら、指導していただきました」。
2025年に上田氏が亡くなるまで十数年間、江端さんは技術の習得にいそしみました。
文化財修復にとどまらず、金唐紙を知ってもらう活動
上田氏から「金唐紙研究所」を引き継いだ江端さん。修復を手がけた重要文化財を中心に、少しずつ金唐紙の認知が広がっている実感を得ているといいます。
「重要文化財を訪れた方の多くが、金唐紙を西洋から入ってきたものと思われていて、歴史をはじめ、和紙を使った日本の技術であることや製作過程を説明すると大変驚かれます。そこから興味を持ってくださって、実際に金唐紙づくりを体験したいという方も多いので、ワークショップに加え、金唐紙の製造を一から学べる特別講座も開催しています。どちらも好評をいただいています」。

一方で、金唐紙を暮らしの中で身近に感じてもらう取り組みにも力を入れています。インテリアでは気軽に取り入れやすいパネルに加工したものを提案し、名刺入れや財布といった小物類も製作しています。また、日本各地の和紙や内装関係の事業者のほか、「江戸東京きらりプロジェクト」への参画をきっかけに知り合った伝統工芸士等との交流も生まれ、コラボレーションの話も動き出しています。
「伝統工芸士の方々とご縁をいただけていることが、私にとって大きな励みであり本当に心強いです。アイデアを出し合いながら、よりよい形でコラボレーションしたいと思っています」。

新しい表現を進め、この技術を後世に
「先代から受け継いだ技術や想いは必ず守る」と話す江端さん。機械化や作業の簡略化は品質の低下につながり、後世に技術を残すためにも行わないと言います。一方で、表現の新たな可能性を探り、金唐紙を国内外のアーティストに広める道筋を整えています。
「金属箔や和紙、塗料もさまざまな種類があるため、どんどん試したいです。また、アーティストとのコラボを考えると、従来にはない新しいデザイン作りが必要となります。そのためには新しい版木を作らなくてはなりません。私がいま、作品作りで使用しているのは、明治期に製作された円筒形の版木『版木ロール』で、『紙の博物館』に保管されています。当然、経年劣化による破損の恐れもあるため、歴史的にも貴重な道具を保存していく観点から、この『版木ロール』を使い続けて従来の文様の作品を製作することに慎重にならざるを得ません。今後も長く『版木ロール』を活用するためには、使用と保全の両立を考える必要があります」。

後世に技術を残すという視点では、博物館の学芸員と共に行っている「調査研究」にも江端さんは積極的です。古い家屋の家主から問い合わせを受けて調査を進める中で、これまで記録にない金唐紙の発見に至ったこともあり、今後もさらに調査を続けていきたいと話します。

「明治期には工芸品として海外に輸出もされていて、海外に日本をアピールする役目を担っていたものです。実は海外のほうが日本よりも認知度も高く骨董品などでもMADE IN JAPANと知られず継承されていることもあるので、改めて、祖父が復活させた金唐紙の技術は『日本の技術である』ということを伝えていくと面白いことになるんじゃないかと。
『日本の技術の魅力を世界へ』という考え方は、『江戸東京きらり』のコンセプトとも合致すると思いますし、私はこの技術の魅力をいつか東京から世界に発信したいと考えていて、いまはその基盤づくりを行っています。文化としてこの技術を後世に残しながら、伝統を守ることと新たな表現に挑戦することの両方を大切にして、金唐紙のいろいろな可能性を探求していきたいです」。
金唐紙の魅力や今後の展開について語る江端さんの言葉からは、この技術への深い想いが伝わってきました。かつて隆盛と衰退をたどった技術は、上田氏によって金唐紙としてよみがえりました。その技術は令和のいま、江端さんに引き継がれ、新たな可能性を切り拓いています。
