
鰹節専門店の老舗にんべん十三代当主が守り伝える、江戸のだし文化と新たな挑戦
2026.08.10
FOOD1699(元禄12)年創業、江戸から300年以上も日本橋で暖簾を掲げ続ける鰹節専門店にんべん。熟成した本枯鰹節で引いただしは、江戸、そして東京の食の下支えとなる味です。にんべんはこの味と文化を守り、現代まで継承してきました。現当主は十三代を数え、代表取締役社長も務める髙津伊兵衛さん。幼少期より日本各地の鰹節生産者との交流や、かつお節だしを使った食事を通して、だしと深く関わる生活を送ってきました。襲名から6年、先達に倣い今の時代に適しただし文化の伝承と新たな取り組みを続けています。
江戸の食文化を支えた本枯鰹節の味わいを現代、そして後世に
にんべんの本枯鰹節は、カビ付けと天日干しを4回以上繰り返し、半年近くかけて熟成させる最高級の鰹節です。そこまでこだわるのは、熟成した鰹節で引いただしが、昔から関東圏で親しまれてきた味わいだからです。
「本枯鰹節で引いたおだしを中心とした食文化が江戸時代からありました。そうしたおだしの味と文化を、現代に、そして後世に伝えていくことが私たちの使命だと考えています」。
にんべんの300年以上の歴史は、まさにこの本枯鰹節を守り、そのだしの味と食文化を伝え続けてきた歴史といえます。

本枯鰹節を“見る”職人の目を育てる
江戸から続く大切な食文化を守るため、にんべんでは日本各地の鰹節生産者と連携し、確かな品質の本枯鰹節を作り続けています。そのため、生産工程の各所で非常に厳しい目を持って鰹節を見極めています。なかでも最後に熟練の目利き職人によって一本一本選別が行われますが、この目利きこそがにんべんが提供する本枯鰹節の品質を裏付ける大切な工程といわれています。
「一口に鰹節といっても、脂の乗りや季節、海域はもちろん、カツオのおろし方によっても異なります。そのため、仕入れの段階から厳しい選別の目が必要となります。その目を育てるためにはやはり経験が必要で、工場では先輩から鰹節の見るべきポイントや良し悪しを判断する術を教わり、数年ほど経験を積みます。そうした形で人材の育成にも努めています。
現在、本枯鰹節の最終的な選別を行う目利き職人は3名のみ。長年の経験から培われた目と感覚を持つこの3名の精鋭が当社の品質を支えています」。
聞いて学ぶ、実際に目で見て判断する。各工程で見極めるポイントはさまざまあるため、習得は日々の積み重ねだと髙津さんはいいます。職人が変わっても、お客様に届ける品質は変わらない。その“目”を育てることもにんべんのこだわりの一つなのです。

十三代当主が進めた現代に即した“だし”の発信
創業以来、鰹節の価格を明確に示し現金商いを徹底した「現金掛値なし」の商法や、銀製商品券の「イの切手」、昭和期には特殊フィルムの開発により鰹節の削り立ての風味を長期間保持する「フレッシュパック」や、手軽に鰹節のだしが味わえる液体調味料「つゆの素」の製造販売など、にんべんの歴代当主は時代を読み革新的な取り組みを行ってきました。この精神は、現当主の髙津さんにも受け継がれ、2010年の「コレド室町」開業とともにオープンした日本橋本店に、だしを身近に楽しめる「日本橋だし場 本店」を併設しました。

「日本橋室町東地区の再開発に伴い、現在の場所に本店を移転しました。そのとき、さまざまな試みを行うことにしたのです。というのは、旧本店はおだしを知っていただく提案より、お中元・お歳暮など季節のごあいさつや、引き出物といった儀礼のギフトの需要がメインだったためです。新しい店は、日々、料理に使う鰹節やだしをもっと知っていただく店にしたいと考えました」。
「日本橋だし場 本店」には予想を上回るほど多くの人が訪れ、だしそのものを味わうドリンクの「かつおぶしだし」は、オープン当初は毎日1000杯以上販売されました。お客様の多くが「ホッとする」とだしのおいしさに改めて気づき・感じ入るように見受けられたといいます。若い人には全く新しい体験として、ご年配の方には郷愁を誘うような、だしや豊かな和食を思い出す場となりました。

だしのおいしさを伝える事業は、海外でも進められています。輸出は右肩上がりに成長し、直近の10年では取引が3倍近く増えたそうです。しかし、海外での鰹節やだしの認知・需要は発展途上と髙津さんはいいます。
「現地の商社やレストランなどに展開することも増え、少しずつではありますが、海外のお客様にも鰹節やだし製品をお届けできるようになりました。ただ、まだ海外の家庭の食卓までは入り込めていません。そのため現在、現地生産はできないかという方向で検討を重ねています」。
食の選択肢が格段に広がった現代。今後について、国内ではSNSで「だしアンバサダー」を募ってレシピを公開するなど、普段の食事に鰹節やだし製品を取り入れる機会を増やすことを模索し、海外ではだし製品そのものの認知拡大を図るといいます。
「国内外問わず、鰹節やおだしをもっと知ってもらいたいと思っています。その想いの根底にあるのは、本物を伝え続けたいということ。創業の地・日本橋で商いを続けるのは、この街が昔から本物をつくり、お客様へ届けてきた街だと思うからです。だから私たちも、ずっと本物の江戸東京の味である本枯鰹節の味を伝え続けたいです」。
十三代当主の挑戦はこれからも続きます。
