ワインにTSUKUDANI? 新橋玉木屋10代目が目指す、佃煮の新境地ワインにTSUKUDANI? 新橋玉木屋10代目が目指す、佃煮の新境地

ワインにTSUKUDANI? 新橋玉木屋10代目が目指す、佃煮の新境地

インバウンド需要の復活とヘルシー志向の高まりから、世界でも人気の日本食。外国人向けの新規商品開発は、食卓の西洋化が進んだ日本人にも新鮮な驚きと出会いを提供してくれることがあります。

佃煮やふりかけ、おにぎりといった日本の伝統食を進化させ、新たなファンを獲得し続けるのは、江戸時代に始まり創業240年の歴史を持つ新橋玉木屋。フランスのゲランド塩を使い、ワインに合う味を追求した「秋刀魚ゲランド塩」、トムヤムクンやグリーンカレーなどの味を完全再現した「世界のふりかけ」といった人気商品を目当てに若い世代が店を訪れ、伝統の佃煮のおいしさを体験して帰ることも多いそう。

老舗の10代目として事業を引き継ぐ田巻恭子さんは、「社長就任時はコロナ禍の真っ只中。テレビで、ワインを大量に買い込む人の姿を見て、『ワインに合う佃煮』の商品開発を思いつきました」と振り返ります。「本店を移転するタイミングに合わせて店内にカウンターを新設し、『佃煮とワインのマリアージュコース』を提供して、新しい佃煮の食べ方を提案しています。歴史のあるもの同士を掛け合わせることで、食の世界が広がってほしいと考えています」

ワインにTSUKUDANI? 新橋玉木屋10代目が目指す、佃煮の新境地
左:もともと人気だった「秋刀魚さんしょ煮」をアレンジして生まれた「秋刀魚ゲランド塩」1,080円。右:店内に設けられたカウンター。マリアージュコースでは、ソムリエからレクチャーを受けたスタッフがワインを提供する。


佃煮とワインを合わせることで固定観念を覆し、日本の伝統食の魅力向上にも一役買っています。また、カウンターでは新橋玉木屋の佃煮やふりかけを使ってオリジナルのおにぎりを作る「おにぎりワークショップ」を開催。もともとは外国人観光客向けに始めたものでしたが、意外にも、いち早く反応したのは日本人だったそうです。

「日本人でもおにぎりを上手に握れない人は少なくないですが、実は本来『おむすび』と言われるものは、三角形のものだけがそう呼ばれます。その形は神格化された山を表していて、山の神様と我々を結ぶ(むすぶ)もの、という意味があり、そこには畏敬の念がこめられているのです。日本人は無宗教だと言う方がいらっしゃいますが、個人の意識の強弱はあるにしても、日本には古代から自然界のあらゆるものに神が宿るという『八百万神』をはじめ、見えないものを信じ、感謝し、敬い、お陰様で、と有難く思う文化が根付いています。おにぎりや佃煮の伝統食を通じて、日本人の精神性を国内外の人に知ってほしい。多様な思想、信条を包括的に受け入れる柔軟性は、平和にもつながると思っています」

田巻さんがこうした視点を持つようになったのは、「世界から見た日本の佃煮」を強く実感したシンガポール駐在が大きな転機でした。2010年から現地に赴き、市場調査や新規商品開発、百貨店の催事などを担当。佃煮離れが進む中、「佃煮を百貨店で売り続けるだけでは今後の存続は厳しい」と考えるようになり、帰国後のECサイトリニューアルや販路拡大といった取り組みにつながります。

ワインにTSUKUDANI? 新橋玉木屋10代目が目指す、佃煮の新境地
株式会社新橋玉木屋代表取締役社長の田巻恭子さん。


ただ、「実はシンガポールに行ったのは、母と少し距離を置くためでもあったんです」と明かす田巻さん。そこには、家業を継ぐ立場ならではの難しい親子関係がありました。「私が2歳の頃に母が専業主婦から9代目社長に抜擢され、親子で過ごす時間が減っていきました。寂しかったけれど、大変そうな母の背中を見て『自分が支えになりたい』と思うようになり、小学生の頃から漠然と、将来は自分が会社を継ぐことになるだろうと思っていました」

短大を卒業後、新橋玉木屋に就職し、店舗勤務や法人営業に従事。母からの期待と信頼は厚いものでしたが、親子ゆえに公私を明確に分けられないことが時に苦しくもあり。加えて、「日本」で「老舗」の「佃煮屋」の中にいるだけでは視野が狭くなってしまうことは多いものです。そんな中、多様な人々や文化が共存する多民族国家シンガポールで数年過ごしたことで、フラットに物事を見る視点を養うことができたと田巻さんは振り返ります。

「240年の歴史は知れば知るほど重く、『これでいい』と思った途端に衰退してしまいます。時代が変わっても大事なことは、もっとお客様に喜んでもらうためにどうすべきかを常に考えること。佃煮を『TSUKUDANI』として世界に発信できる文化にするために、これからも変化を続けていきます」

尊敬する母から看板を受け継ぎ、国内外で支持される食文化の形成に挑む田巻さん。食卓に豊かさを添える新たな出会いに期待が止まりません。

ワインにTSUKUDANI? 新橋玉木屋10代目が目指す、佃煮の新境地
左:メディアに取り上げられたことで大ヒットとなった「世界のふりかけ」シリーズ。右:秘伝のタレで作られる各種の佃煮。店内では量り売りで買うことも可能。